2022.11.6
ひとりの人間がこの世に生きた証を残すことは
もしそれができれば
素晴らしいことだと思う。
自分にはできないと判っているから、それができる人を、私は素直にうらやましいと思う。
命あるものは全ていつの日か死を迎え、やがて朽ち果てる。
どのような素材の創作物も同じこと。
しかし命はすべてつながりを持っている。
一つの命が別の命を支え、受け継がれて行く。
それは一滴の水が集まり河となって流れるように、命は連鎖となって永遠の時を刻む。
だから水一滴に存在の意味を探すことは無意味なように、一人の人間が命の連鎖の中で、生きた証を求めようとすることは、あるいは無駄なことかも知れない。
しかし、河は水の一滴から成るのだ。
もしその一滴に存在の意味を求めることが無意味だとしても、一滴には一滴の重みがある。
一人の人間が、その生きた証を求めようとすることは、小さな水一滴の重みを考えることではないだろうか。
それは限りなく小さな一つの命の大切さを知ることだと思う。
【傷ついた友を背負う】 銅版画 B354 2019.5
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