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  • 執筆者の写真Simon Yoh

反転した絵に価値はあるか


2021.9.16

障害を持つキリスト者が集う会(良きサマリア人の会:仮称)があって、わたしはその会員になっていた。

年に数回催しが企画され、その集いではとても楽しい時を過ごした。

機関紙を発行しており、ある時期からその表紙絵をわたしが担当することになった。

聖書からモチーフを得て、木版画で制作し編集者に送った。

編集者は会の代表も兼ねていて、信仰が篤く会員から親しまれ大きな信頼を得ていた。

ある時、その編集者から電話があった。

送った絵の原稿が表紙絵になり、すっかり製本されたあとで、絵が表裏逆になってしまったことに気付いた。

どうしたらいいかとの相談の電話だった。

わたしは逡巡したものの、製本し直す手間と出費のことを考え、「画像が逆のままでもいい」と返事した。

編集者は自分の考えを言わず、私に判断を委ねた。

私は「反転した絵は私のものではない」とはっきり言うべきだった。

「私にどうすべきかの判断を任せるのはおかしいじゃないですか。あなたが決めるべきことでしょう」となぜ言えなかったのか。

今さらどうにもならないことなのだが、私は自分の言うべきことを言えなかったことを後悔した。

以来私の編集者に対する尊敬と信頼は完全に消えてしまった。

いやそれよりも自分の取った態度に腹が立った。

正しいと信じることをはっきりと言えないふがいない自分に対する自己嫌悪に悶々とする日がしばらく続いた。

良きサマリア人の会が解散して10数年経つ。

全て時の流れに押し流されたように見えるが、苦い記憶は消えない。

その木版画が「マルタとマリア」である。

話変わるが、

ブリジストン美術館を訪れたことがある。

ドイツの著名な芸術家であるケーテ・コルビッツの彫塑が展示されていた。

ピエタ像だった。

総合カタログを購入し、その写真を見たところ、写真が反転していた。

すぐに美術館の学芸員に電話してそれを伝えた。

美術館側では間違いを認識しても反転した写真はそのままにするしかなかったろう。

しかし、実際のピエタ像は写真とは左右逆だが、真実なものとして存在し続ける。

私の場合はどうなのだろう。

実際の木版画「マルタとマリア」が日の目を見ることはない。

いやそれは存在しないとしたほうがいい。

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